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人民広場は、上海の中心に位置し、面積13.7万平方メートルの広場である。改革開放以前、人民広場は、上海乗馬場であったが、1951年9月、乗馬場の北半分を広場として改修した。又、1993年末大幅な改修を行い、1994年10月に完成した。
1999年に2号線が開業した当初は、上海軌道交通線では唯一の乗換駅であり、乗換距離も標準的であった。ところが、利用客数の増加に対応できず、 連絡通路で激しい混雑を引き起こすようになったため、2000年代に連絡通路が増設され、終日一方通行規制がかかるようになった。1号線から2号線への乗 り換えは新設された連絡通路を通ることになったが、その距離は240m程度と、若干の距離があった。 しかし、8号線の開業で更なる利用客の増加が見込まれたため、乗換用の大型コンコースが整備されることになり、8号線の開業と同時に供用が開始された。大 型コンコースの供用によって、各線の乗り換え距離は最長でも100m程度で行えるようになり、利便性が大幅に向上した。コンコースの天井部には、直径 16mの天窓と、長さ120mに渡る天窓が設置されており、同駅は上海軌道交通の地下駅で初めて自然光が差し込む駅となった。 1号線と8号線の乗り場は隣接しており、乗り換えは短距離で行える。
1号線
島式ホーム1面2線を有する地下駅である。ホームドアは設置されているが、後から設置されたものである。8号線の開業を機に吹き抜け構造となり、ホームに自然光が差し込むようになった。
烏鎮は浙江省・桐郷に位置する水郷の古鎮。桐郷は漢方薬にも使う菊花が有名で、ここでとれる菊は俗に「杭白菊」と呼ばれ、その中でも花が完全に開花する前に摘み取られたものは最高級品として「胎菊」の名で区別される。
この土地は春秋時代に呉、越、疆の三国の境に位置していたため争いが絶えず、呉が兵をこの地に駐屯させ、越との防衛線に利用したところから烏戍とい う地名がついたといわれる。町として正式に開かれたのは唐の時代からで、街中にその時代から伝わるという巨大な銀杏の木が残っている。最近、台湾出身の芸 能人「劉若英」がCMで紹介したため一躍脚光を浴びた。ここに住む人々は「水を枕にする人々」といわれている。
烏鎮古鎮は京杭大運河を挟んで両岸に形成され、それぞれ東柵区と西柵区という二つのブロックに分かれている。
規模が大きいのは西柵街で敷地の中には客桟と呼ばれる民宿が数多くあり、時間が許す方はこの客桟に泊まって水郷古鎮の雰囲気を是非味わってもらいたい。
東柵街はこじんまりした水郷古鎮の雰囲気で、あまり時間はないが烏鎮の街の雰囲気を味わいたいという方はこちらだけでもいい。
東柵区と西柵区の両方の街の間は歩いても15分の距離だが、無料の往復バスが運行されているのでこれを利用するといい。
入場料は東柵街が100元、西柵街が120元となっていて、共通券も150元で発売されているのだが、気をつけないといけないのは共通券は西柵区の 窓口では午前中(7時半~12時)にしか買えないということだ。西柵区は規模が大きいため午前中から回り始めないと東柵区を回りきれないということらし い。
西柵街には夜間専用の入場券(80元)もある。
烏鎮の現在の街を眺めながら三輪自転車を利用して移動するのも面白い。値段は交渉次第であるもの片道10元ほど払うと快く走ってくれる。またほぼ一 直線に伸びる東柵の水路には舟があり、一隻80元(8人まで)でチャーターが可能。いくつもの石橋をくぐりながら生活感あふれる景色を楽しむことができ る。
◎高速バス
上海からは上海南バスターミナルから高速バスで烏鎮バスターミナルまで約2時間弱ほど。49元
◎鉄道
2010年の滬杭高速鉄道の開通により桐郷にも駅が出来たため上海虹橋駅より約40分程度、そして桐郷駅から路線バスで烏鎮のバスターミナルまで30分程度(5元)なので上海から直接バスで行くより早く着き料金もほとんどもあまり変わらない。
(但し鉄道切符の実名制販売実施により外国人は窓口に並んでパスポート提示が必要なため、旅行者などは時間を有効に使うため事前切符手配サービスなどを利用しよう。)
烏鎮バスターミナルから西柵区ゲートまでは公共バスで5分ほど(1元)、東柵区ゲートまでは歩いて15分程。
◎定期観光バス
そのほか上海市内の上海旅遊集散中心からも観光バスが出ており、直接ゲート前に乗り入れ日帰り観光が可能。但し満席になることが多いため、このバスは途中サービスエリアに立ち寄るため嘉興名物の粽子(ちまき)も買える。
ただ言葉に不安がある場合はやはり下記のような日本語ガイド付きツアーが便利である。
1、歴史と現在
バンドが長い歴史を持っていることは誰でも知っている。南京条約で上海が開港して以降、外灘は『バンド』と呼ばれ、租界の玄関口になった。当時欧米列強諸国によって、各国の商社、銀行などの建物が建ち並び、「東方のウォール街」と呼ばれるまでに繁栄である。
1940年代以降に中国が開放された後も、それらの建造物は壊されることなく利用され、今ある景観になったのである。さまざまな建築様式が融合した独特の建造物は
1996年に全国重点文物保護単位に指定された。
現在のバンドは、中山東一路を挟んで西に歴史建築群、東にはバンド遊歩道と黄浦公園が続き、上海観光の重要スポットとして、また市民の憩いのエリアとして連日多くの人々で賑わっている。
2、バンドの改善
今年上海は世界万博を開くために、観光地の改善にいろいろ工夫された。改修後のバンド風景区はガーデンブリッジからまっすぐに十六鋪馬頭(ターミナ ル)まで伸びており、黄浦江沿岸エリアは2.6キロに伸びた。北から南を見ても、南から北を見ても、その美しい曲線は味わいがあり、ため息がでるほどだ。 今回の外灘改修プロジェクトは、遊歩道の改修をはじめ、全体的なシステムを改善した。整備された外灘は今後50年はもつだろうといわれている。金融広場か ら南に向かって、外灘の新しい「気象広場」がある。古くからある有名な外灘気象台を小さなバーに改造したもので、入口にはかわいい噴水を配置している。
3、おしゃれな景色
バンドの夜景は絶景である。夜になると、ライトアップされ、その輝きはまるで一つの交響曲が心の中に響いているかのように感じられる。上海の夜のダ イニングシーンとして人気を誇って、さらに高級スパなどが入る外灘5号、外灘3号や18号という場所もある。夜だけでなく、昼間の眺めもお勧めである。昼 間は汽船を乗って、東方明珠及び陸家嘴の高層ビル群を一望ができ、浦西側の上海大厦、和平飯店及びもの壮麗さも眼下に収めることができる。バンドに沿って 北から南へ歩くと、遠くには真っ白な曲線が見え、それはまるで一筋の浮雲が見え隠れしているようだ。これがつまり、新十六鋪のランドマーク、「浦江の雲」 だ。四部屋がガラスの仕切りでつながっていて、柱などの鋼材は白く塗られ、曲線を駆使したデザインは、外灘の南側でとてもきらびやかな一角となった。陳毅 広場の約80メートルの壁と外灘金融広場の180メートルの壁は連続した精巧なフラワーウォールになるよう設計されており、壁には「EXPO」等の上海万 博関連のデザインが浮き出るようになっている。万博期間中は、このちょっとウィットのきいた宣伝をし、万博終了後は、また新しいテーマが掲げられるのだろ う。
4、自然と共存する
黄浦江の西側には万博パビリオンが建ち並び、東側は広々とした陸家嘴、真中には木々が生い茂り花が咲き乱れるガーデンエリアがある。新しい外灘遊歩 道では植物たちのおかげで、近代的な建築物に囲まれていても自然の息吹を感じることができるようになっている。バンドは古くて新しい上海の魅力が際立つ必 見スポットと思う。バンドがこれからも自然と共に生きていることを深く信じている。
上海市楊浦区の復旦大学で5月24日(土)~26日(月)に開催された、「2014上海フォーラム」の席上で発表された調査結果によると、中国の都市で生活する女性は、プライベートの時間が男性と比べ、1週間につき10時間以上少ないことがわかった。
同調査は全国10の省と市に住む、1万6661世帯の15~74歳の世帯員3万7142人を対象に実施。生活時間を、会社勤めなどの有償労働、家事 や育児などの無償労働、食事や休息といった個人的ケア時間の3項目に分類。これによると、女性は70%の時間を家事など無償労働に費やしていることが示さ れた。
また「全国各省(区、直轄市)2014年最低工資標準」によると、今年の市の最低賃金は1820元で、全国で最も高かった。(5月26日)
上海=河崎真澄】日本の「中国離れ」が加速している。同国最大の国際商業都市、上海市の在留邦人数が初めてマイナスを記録したほか、日系企業の対中進出意欲も急減している。
在留邦人数は、旅行者や出張者などを除く3カ月以上の滞在者。日本の上海総領事館によると、上海市の在留邦人数は4万7700人(昨年10月1日時 点)と、前年の5万7400人から9700人も減り、5万人を割り込んだ。1994年に統計を取り始めて以来、増加が続いてきた上海の在留邦人が減少した のは初めてという。
日系企業は上海を対中進出の拠点に位置付けており、2007年には永住者を除く在留邦人数でニューヨークを抜いて最大となり、10年には戦後初めて5万人を突破していた。
ただ、近年の日中関係の悪化や、微小粒子状物質「PM2・5」による大気汚染、鳥インフルエンザの流行などの影響で、日系企業が駐在員や家族を帰国 させるケースが増えている。上海の日本人学校の児童生徒数も、12年度と13年度のそれぞれ約3200人から、今年度は初めて約260人の減少に転じてい る。
日系の工場が多い江蘇、浙江、江西、安徽の4省でも、昨年10月1日時点の在留邦人数は計1万6500人で、前年と比べ4760人減だった。
また、中国商務省がまとめた今年1~4月の日本の対中直接投資(実行額)は前年同期比46・7%減とほぼ半減。背景には、同国での人件費高騰を嫌気して製造業などの大型投資案件が急減したことがある。